アナタの協調性は80%。
アナタの恋は、あたたかくて、人を伸ばします。好きな人の良さを見つけて引き出し、相手の気持ちを敏感に読んで、ちょうどいい言葉をかけられる。アナタといると、相手は「自分を本気で見てくれている人がいる」という、特別な安心の中に置かれます。
でもアナタは、その読みの鋭さゆえに、相手の機嫌の小さな揺れまで、全部拾ってしまう。今日ちょっと言葉が少なかった、それだけで「私、何かしたかな」と一日中気にしてしまうこと、ありませんか。人の心が見えるぶん、見なくていい不安まで、抱え込んでしまう。
そして、じつは。みんなに好かれて、いつも輪の中心にいるアナタほど、心の奥で「与えるのをやめたら、人は離れていくんじゃないか」と怖がっていること、ありませんか。アナタが一生懸命人に尽くすのは、優しさであると同時に、「役に立たない自分には、価値がない」という静かな不安でもある。だから断るのが下手で、必要とされなくなることが、人一倍こわい。
でも、それは弱さじゃありません。アナタがそこまで人に心を注げるのは、人とのつながりを、本気で大切に思っている証拠です。どうでもいい相手に、人はそんなに尽くせない。アナタが探すべきなのは、アナタが何も与えなくても、ただそこにいるだけで嬉しいと言ってくれる人。「何もしてくれなくていいよ」と言ってくれる相手の前でなら、アナタはやっと、価値を証明しなくていい時間を持てます。アナタの与える力は欠点ではなく、人を本気で幸せにできる才能。だからどうか、その優しさの一部を、アナタ自身にも向けてください。
最後にひとつだけ言うとしたら。アナタは、与え続けないと愛されないと、どこかで思っています。だから相手にも一生懸命尽くすのに——心のどこかで「これだけしてるんだから、同じくらい返ってきてほしい」と思っている自分に気づいて、その見返りを求める気持ちに、後ろめたくなること、ありませんか。純粋な好意のはずだったのに、いつのまにか貸し借りの計算みたいになっている。そんな自分が、少し嫌になる。
でも、それはアナタが打算的なんじゃない。ただ、与えることでしか愛を確かめる方法を、知らなかっただけ。だからいちばん好きな人の前でだけは、何かをしてあげる前に、ほしいものをそのまま言葉にしてみて。「これをしてくれると嬉しい」って。先に与えなくても、人は応えてくれます。見返りのために動くのをやめたとき、アナタはやっと、与える喜びも、受け取る幸せも、両方手にできるから。

